『機動警察パトレイバー2 THE MOVIE』

機動警察パトレイバー2 THE MOVIE』というアニメ映画をDVDで観ました。このアニメを観ようと思ったのは、『相棒』の劇場版を観たときに、犯人の動機からこのアニメ映画での「犯人」の動機を連想してずっと引っかかっていたためです。

「映ってたと知ってりゃ見えたかもしれないけれどね」

ある社会学者の人が、今は第二次大戦の後という意味で戦後だと捉える向きが主流かもしれないけれど、実は次の戦争の戦前ではないのか、というようなことを書いていたのを読んだことがあります。

グローバリゼーションという言葉を聞くときに、ここでの豊かな生活享受のためにどこか別の場所で搾取だったり酷いことが行われている、そしてそれに関連して紛争が起こっているという話を聞くことがあります。

時間にしろ、物理的なものにしろ、戦争の行われている「場」と平和な「場」との境界が不明瞭になるとしたら、平和だと思っているこの場所が実は戦争の一番後方部分かもしれなくて、それは、とても遠くの光が確かにそこにあっても遠くからは見えないのと同じかもしれなくて、作中、戒厳令下の状態に東京がなるシーンがあるのですが、そうやって軍隊が街中に駐留する状態が何を意味して、その後の展開としてどういったことが予想されるのか、もしも自分がそこに実際にいたとしてもきっと分からなくて、今は戦後なのか戦前なのか、それとも16年前のこの映画で描かれたように戦時中なのか、といったことを考えてしまいました。

犯人の動機や、スクランブル発信した戦闘機の信号が誤魔化されていたこととか、今日読んだ『秘密』と似ている部分があって、絡めて考えてしまって、こういったお話しには、自分のとっての話だったら、という想像力の果たす役割が大事になるのかなあ、と思いました。