『NUMB3RS』「放火捜査のカギ」

NUMB3RS』というドラマの「放火捜査のカギ」という話数を観ました。

「A fireprint.」

この話数は連続放火でついに死者が出て、という始まりでした。

放火のお話しを観ていて気づいたのですが、「放火」と聞いたときに自分が犯人の動機なり心情として想定しているものが、鬱屈としたもののように思えて、このドラマはアメリカのドラマですが、そういう欧米の雰囲気とは違うような気がして、もしかして、放火の背景にあるものに結構、差があったりして、日本で「放火」と聞くのとアメリカで「放火」と聞くのでは感じられるイメージも違っていたりするのかなあ、というようなことを思いました。

ちょっと思いつくのは、『バックドラフト』や『15ミニッツ』なのですが、放火犯が火をまるで生き物のように扱っている印象のあるお話しもあれば、この『NUMB3RS』のように数学や物理など、客観的側面から扱っているものもあって、同じ現象なのに、描かれ方の違いによって受ける印象も違っていて、数学や物理で火災を捉えた方が、放火する「人間」により肉薄していくのって、不思議だなあ、とか思いました。

ピーターマクニコル演じる物理の先生が火災にも犯人の個性が現われるとして、指紋(fingerprint)ならぬ火紋(fireprint)だ、と言っていました。