『NUMB3RS』「偽札事件を追え」

NUMB3RS』というドラマの「偽札事件を追え」という話数を観ました。

多分、この話数の見所は微妙な3角関係なんだろうけど。

この話数を観ていても、言葉の違いと世界の違いについて考えてしまいました。犯人へとたどり着くメッセージは被害者によって発せられていたのに、それに気づけたのは数学者で、メッセージを発した被害者も、犯人に分からないように、でも分かる人がいるようにメッセージをつくっていて、物事を同じように見ることのできる人は同じ「言葉」を話していたり、同じ「世界」にいるように感じられて、そういう同じ人がいるときっと安定するんだろうな、と思います。

お話しの最後で主人公たち兄弟が会話をしているシーンがあります。そこでお互いが違う世界にいた、と言っている部分があります。で、その後で、今は似たような世界にいるけど、と続きます。

主人公たちは、やり手FBI捜査官だったり、天才数学者だったりするのですが、仮に「やり手」の部分や「天才」の部分のない2人だったら、このドラマのように協力しあうこともなくて、似たような世界にいることもできなくて、兄弟の溝は埋まらないまま、という人間関係は現実にあるように思えて、気になります。