円満字二郎『漢和辞典に訊け!』ちくま新書

この本を読もうと思ったのは、よく漢和辞典について読みで引くことができるか、と聞かれることがあって、漢和辞典に音訓索引、総画索引、部首索引などがあることを知らない方がいて、でも、自分が漢和辞典のことを「知っている」かと聞かれたら、全然知らないし、大体、実際にあんまり引いたこともない、ということで、そんな漢和辞典について語った本のようだったためです。

で、今本棚で埃をかぶっている漢和辞典(『旺文社漢和辞典 第五版』)を出してみたのですが、とても綺麗でほんとに引いていませんでした。高校に入ったときに、漢文の時間にいるかなと思って、地元の本屋さんで結構悩んで買った記憶があるのですが、そんなとき、気軽に相談できる店員さんがいればよかったのにな。

この本を読んで、JISの水準のお話しとか、楷書・行書・草書・隷書・てん書(←変換できませんでした。)の関係とか面白いお話しがたくさんあったのですが、特に印象的だったのは、部首のお話しと筆順のお話しでした。

なんとなく、部首は一義的に決まっていると思い込んでいたのですが、そうではないようでした。本書p166-の説明によれば、漢字の多くは音符と意符から成り立っていて、意符は漠然とではあっても意味を表わすので、同じ意符を持つものを集めると似たような意味を持つ漢字が集まるそうです。で、そういった漢字のグループを部と呼ぶことにして、その部を代表する意符が部の親分ということで部首となるそうです。この説明を聞くと、最初から部首があって、つくりをどっかから持ってきて漢字を作るというんじゃなくて、漢字が出来ていたところにグルーピングしてみたら、部首が見えてくるという方向性のようで、自分の思い込みの逆向きのようで面白かったです。

あと、筆順のお話しは、印刷などの文字との対比が面白かったです。筆順は漢字を実際に書くときに、その書くという行為に付随する時間の流れがあるからこそ出てくるもので、印刷とかで打ち込むときは、漢字の部分部分が全て同時に表示されるわけで、そこで筆順は顧みられないということでした。結構、筆順にこだわるのって既成概念のようになっているかと思うのですが、一歩引いて考えてみると、順に時間を追っていくことが当たり前だ、って感じの認識が前提されているようで、なんとなく好きだな、と思いました。

漢和辞典って面白そうだなー、と思える本で読んで良かったです。