緑川ゆき『夏目友人帳』7巻 白泉社

夏目友人帳』というマンガの7巻目を読みました。

この巻は、ほぼずっと夏目くんの友人と対極に位置するような祓う人との対決?が描かれていました。

にゃんこ先生が夏目くんをかばって、射られたり、夏目くんを射ようとした相手に攻撃をしようとするシーンがあるのですが、夏目くんの声を聞くことでおさまります。なんか、このシーンとか読んでいると、にゃんこ先生はやさしい自分でいたくて、夏目くんと一緒にいるのかなあ、とか思ってしまって、穏やかだったり、優しかったりする、そんな自分でいたいために誰かの側にいる、というのはいいな、と思いました。青山テルマさんの歌もそんな感じなのでしょうか。詳しくは知らないのだけれど。

「君があの人達のことで気持ちを揺らす必要はないんだ・・・ああいう人達もいるというだけのことさ」夏目くんの友人はこんな風に言っています。このセリフを読んだときに思ったのは、『魔女の宅急便』(ジブリの方)のキキのことでした。キキは修業先の街でいろんな人に出会うのですが、知り合ったお婆ちゃんの好意がお孫さんにないがしろにされるのを見たりして、魔法が使えなくなったはず。それは、そんな人や街を見ることで「自分」が揺らいでしまったから。多分。生まれたときから魔女の家系で、何も考えずに魔女(=「自分」)だったのに、それが揺れてしまった。お話しの最後で彼女が再び魔法を使えるようになったのは、多分、友達を助けたいという思いからかもしれなくても、生まれた時からという自然じゃなくて、自分で選んだという形として魔法が使える自分(=魔女である自分)になったから、という風に捉えることもできるような気がして、このセリフのことが印象的でした。

あと、番外編っぽく夏目くんが妖たちと影踏み鬼をするお話しがあるのですが、鬼ごっことかかくれんぼって、誰かが自分のことを見つけてくれる、という安心感のようなものに支えられているからこそ成り立つ遊びなのかなあ、とぼんやりしました。見つけられたら「負け」のようなのに、ほんとは見つけられてホっとするような。にゃんこ先生が夏目くんを見つけるくだりの最後のコマがとても良かったです。