下條信輔『サブリミナル・インパクト』ちくま新書

この本を読もうと思ったのは、昔、下條さんがたしか夏季だったと思うのですが、特講の講師としていらしたときに、心理学を専攻している同級生が受講して、大絶賛していたので、そんなにすごい先生なのかなあ、と思っていて、今回新刊が出たためです。でも、前作?の『サブリミナルマインド』は積読本になっていますが。この本の副題は「情動と潜在認知の現代」となっていました。

読んでみて印象的だったのは、自由について書かれた部分と記憶について書かれた部分でした。

「最終的な選択権が仮に消費者の側にあるとしても、そもそもの選択肢の範囲をコントロールする力は、市場の側、生産者の側により偏ってきているように見受けられるのです。」(p181)「消費者が自らの自由意思で企業側の望む選択をしてくれるという構図がみごとに実現します。」(p187)

上に引用したような部分を読んでいて連想したのが、ミルズという社会学者の「動機の語彙」という考え方でした。人が動機を尋ねられたときに答えるのは、尋ねた人(多分、個別具体的な人に限らず、想定された人たち)が納得すると思われる候補の中から選ばれたものである、という感じの考え方です。ミルズが書いた論文('situated action and vocabularies of motive' American Sociological Review5(6):904-13)の冒頭部分で、たしかパラダイム(paradigm)という言葉が使われていて、私は最初クーンのパラダイムを連想したのですが、『科学革命の構造』よりも先に論文は書かれているので(ミルズの論文が1940年でクーンのThe structure of Scientific Revolutionの初版がたしか1962年)、素朴に言語学的な意味のパラダイム(語形変化系列表)が念頭にあったのかもしれません。その方が「動機の語彙」論なので、語彙とつながっていきやすいように思います。この『サブリミナル・インパクト』の帯の煽り文句が「それは、本当にあなたの意思ですか?」なのですが、自分で選んで表出しているはずの動機もコントロールされた選択肢という制限を受けているかもしれなくて、連想してしまいました。

「真っ赤な嘘だとばれたところで、それがどうしたというのでしょう。極端な話、一週間後に嘘がばれてもいいのです。」(p215)潜在記憶に関する「一夜で有名になる」という実験について書かれている部分があります。(p216-)実験は有名ではない人の名前を集めたリストを被験者に覚えてもらい、有名人の名前を混ぜたリストから有名な人かどうか判断させるというもののようです。結果は有名ではない人の名前もたびたび間違って有名だと判断されたそうです。で、リストを覚えてもらった後で、その内容が間違っていたので忘れてくださいと指示を出した場合、後半部分の有名度判断が平均して高くなったそうです。

この内容を読んでいるとき、言った者勝ち、という言葉が頭の中をよぎっていました。自分にとって明らかにヤな人とか、悪人に見える人が正論を言ったとして、その人の他の言動が全然それに合致していないとしても、その言葉は自分の中に残ることがあって、何かの拍子におまけにまさしくその人の声で自分の中で再生されることってないでしょうか。人に限らず、歌の歌詞とか、読んだ本の内容でもそうだと思うのですが、歌っている人自身がほんとは信じていそうにないこと、書いている人自身が全然実践していないように感じられることが、言葉として、ずっと後に自分の中で再生される。それは再生されていないときでも、自分の中で静かにうごめいていて、自分が発する言葉や行動を縛っているかもしれなくて、そう考えると、言われてしまった言葉や書かれてしまった言葉は、一旦そうされてしまえば、効力を持つように思えて、まるで時限式のコンピュータウィルスのようですが、ちょっと怖いな、と思います。もっと怖いのは、そういったことを踏まえた上で、確信犯的に「嘘」をつく人かなと思います。