よしづきくみち、原案:山田典枝『魔法遣いに大切なこと 夏のソラ』2巻 角川書店

魔法遣いに大切なこと 夏のソラ』というマンガの2巻目を読みました。完結していました。

「はい この依頼には魔法は要りません」(p164)

前にみたTV番組に出ていたデザイナーの方だったと思うのですが、日本人には分かる「引き算の美学」が外国の人には理解してもらえなくて困る、という感じのことをおっしゃっていました。蛇足という言葉もありますが、しなくても足りているなら、しないほうがいいんじゃないのかな、と思います。予算消化のための駆け込み消費とかとかとかとか。

私は魔法使いものを読むときに、魔法でしようと思ったことが魔法じゃなくてもできるのなら、普通の人も魔法使いのようなもんじゃないのかなと思ってしまうのですが、だって、話をするだけで気持ちを持ち直させてくれるような人なんて、魔法使いのようなもんでしょう、そんなことを考えてしまうセリフでした。

この巻を読んで思ったのは、自分が生きていることの素晴らしさのようなものを、誰か他の人の死を比較対照しなければ、思えないものなのかなあ、ということでした。あの人は若くして亡くなってしまうから、生きいける自分は・・・とか。亡くなってしまう人本人が、自分は他人を勇気付けたり、慰めるために死ぬんじゃない、ということを思ったする瞬間がないのだろうかと思ってしまいます。

この巻の最後にある本からある詩が引用されているのですが、私はその同じ本に収録されている別の詩のことをどうしても思い出してしまいます。田村由香さんという当時小学五年生だった方が書いた「ゆきなちゃん」という詩です。以下に引用します。

ゆきなちゃんは

合計二年間も病院にいる

治療で苦しいときもある

それなのに

人が泣いているときは

自分のことなんか忘れて

すぐなぐさめてくれる

でも たまあに

夜 静かに泣いていたときもあった

いつもなぐさめていたゆきなちゃんが泣くと

こっちがどうしていいか

わからなくなる

ゆきなちゃんの泣いている姿を

ただ じっと見ているだけだ

ごめんね なぐさめられなくて

ゆきなちゃん ごめんね (『電池が切れるまで』より)