小澤勲『認知症とは何か』岩波新書

この本を読もうと思ったのは、痴呆症から認知症へと名前が変更されたけど、知識としてよく分かってないな、と思っていたからです。

この本を読んでいて不思議だったのは、自分がもし認知症になってしまったら、自分の家族が認知症になってしまったらと思いながらも、落ち着いた気持ちで読んでいられたことでした。多分、それは、文章から小澤さんのスタンスのようなものがうかがえたためかな、と思います。「このようなすばらしい介護が語られると、一方で心傷つく家族も必ずあるはずである。」「在宅介護を例外なく善とする考え方に私はくみしない。」(p183)「家族の絆から解き放って、ケアを専門家にゆだねた方がまだいい、という場合さえある。だから、私は『冷たい家族』を非難の目にさらしてはならない、と考えてきた。」(p187-8)

今、クレーマーということが言われる風潮があって、そういったことの背後には、分業にまつわって、何か不都合があったときに、専門家というか、責めてもいい相手がハッキリしているという前提があるかもしれなくて、その裏側では、その相手を責めてもいい自分は専門家ではない、素人だからできなくて当然、だから責めてもいいという思いがあるように勝手に思ってしまって、でも、介護とかの話になると、いわゆる専門化された専門家ではない「家族」が担うべきだという風にして、責められる相手(というのもおかしな表現かもしれないのですが)リストのようなものの中に家族があがってくるのってなんでかな、と思ってしまったりして、複雑な気持ちになります。なので、上に引用したように記述されていると、落ち着いて読めるのかな、と思います。