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『シゴフミ』二通目

シゴフミ』というアニメのDVD2巻目を見ました。この巻には第3話「トモダチ」と第4話「ナミダ」が収録されていました。

「トモダチ」では、お話しの中で一人の男子高校生が自殺します。お話しの後半で、その「動機」をめぐって彼の「父親」と彼の「友達」のやりとりが描かれていました。その中で、友達だから知っているはずだ、父親なのに知らないのかという問答がありました。『シゴフミ』は死者からの手紙が届くという設定なので、男子高校生からの手紙が届けられることで「動機」は明らかにされます。その「動機」から感じられるのは、行為と意味の断絶です。駅のホームから飛び込む、屋上から飛び降りることとそれが死という結果につながっていることが忘れられているかのうような「動機」の表明のように感じられました。で、父親はその手紙をニセモノだと思い、友達はホンモノだと思うのですが、そのホンモノだと思う理由が、なんというか、自分は彼のことを知っているという感覚のようなもので、だから「友達」なんだよねという感じでしめられています。知っているから友達だというのは、知るという行為と結果としての?友達という状態のつながりをつかんでいるようで、先の自殺の場合の飛び込みと死の関係を男の子は分っているようなのですが、同じ男の子が一方でこういう考え方をできるというのは、どういったことなのかな、とぼんやり思ってしまう話数でした。

あと、DVDなのでオーディオコメンタリーがついているのですが、声優さんが「トモダチ」の中で起こる事件が放映当時、現実に起こった事件との関連で編集されたことに触れて、お話しの中で触れたことに関係することが起こることがよくあるって感じのことを言っているのですが、同じ話数のアバン付近で線路が映っている場面で、お話しを脱線させることを線路に引っ掛けて言っていて、コメンタリーを収録したときは違っていると思うのですが、このDVDがリリースされた今日という日にちを考えると、単純に偶然だと思うのですが、不思議な感じがしました。