保阪正康『50年前の憲法大論争』講談社現代新書

この本を読もうと思ったのは、最近の国民投票法をめぐる報道を見ていて、ちょこっと気になっていたためです。

ほんとに最近では、社会保険庁の年金の入力の問題が話題になっていますが、多分、問題は以前からあったのに、どうして今になって公になったんだろうと素朴に思います。その前って、国民投票法強行採決したとかなんとか言っていたのに、社保庁の問題でそれも吹っ飛んでしまったようですが、憲法のお話しをかすませるためにだれかが画策したとか思うのって陰謀論にかぶれいているだけでしょうね。ついでに、コムスンの問題に厚生労働省が毅然とした指導をしているように見えるのも、年金問題のマイナス分の相殺って面がないのかなあ、とか思うのも単なる妄想ですね。余談ですが、社保庁の報道で気になったのが、チラシを配るのに幹部職員も参加していたらしいのですが、報道の中で「時間外業務となるとのことです」という言葉があったことです。残業代、でるの?ってことで。

そんなこんなですが、この本は1956年3月に行われた衆議院内閣委員会公聴会の議事録だそうです。日本国憲法は押し付けられた憲法だから、日本独自のものにしなきゃならんとか、押し付けられたものでも、いいものはいいものなんで、いいんじゃないのとか、今の憲法改正論議に関わって聞こえてくる理由付けがこの中にも見受けられました。

印象に残ったのは、「ポストリミニアム」の法理という考え方です。「軍事占領中にやったところのすべての法令とか処分とかというものは、占領が終了しますと当然失効するというのが原則であります。」(p98)ということらしいのですが、後の部分で、全て失効したわけではなくて、憲法の別の法律でも残ったものもあるので、ポストリミアニムといって直ちに憲法も失効できるわけじゃないんじゃないかとか反論ものっていました。

あと、思ったのは、「時間がない」という言葉が随所に見受けられるのですが、そう言っている時間自体もったいないのになあといつも思います。今の国会中継だって、「~先生」とか言っていて、「時間がないので簡単にしますが」とか言っておいて、本題から外れたことで時間を使っているなあと思うことが多々あるのですが、なんか変だなあと思っていたところ、昔から変わらないんだなあと思って印象的でした。