スーザン・ブラックモア『ミーム・マシーンとしての私』下 草思社

この本を読もうと思ったのは、上巻を読んだためです。

ぼーっと読んでいたので、内容はあんまり理解できませんでした。内容を覚えてないようって感じです。別に真剣に読んでいても理解できない可能性大ですが。

遺伝子(ジーン)になぞらえられている模倣子(ミーム)ですが、ミーム自然淘汰をうけるように書かれています。そのとき、どういう条件に対して適応できるものがより生き残りやすい(真似されやすいのか)についてイマイチ、ピンときませんでした。

「膨大な数の人々が、給料が安く、見返りが少なく、長時間労働できわめてストレスの多い仕事を、自分が何かの役に立ちたいと望むがゆえに選んでいる。」(p64)「利他主義のトリックは、利他的ないしは好ましい人物(ケヴィンのような)に入り込んだミームは、意地悪な人物(ガヴィンのような)に入り込んだミームよりもよりコピーされやすいだろうという単純な考えに立脚している。」(p84)で、利他主義であるとみせかけることのできるようなミームがよりコピーされて生き残るって感じになるのですが、もしかしたら、本文中に書かれているのかもしれないのですが、利他主義というのも多分、ミームで、「利他主義はいいものである」も多分ミームで、「いいものはまねすべきである」も多分ミームで厳密に論理階梯的に区別できないのですが、色々な段階のものを全て一緒くたに「ミーム」と呼んでいるようなので、議論を追っかけにくい感じを受けました。

頭の片隅に置いておいて、寝かせておくのがいいのかなあと思いました。ある日ひょっこり、「分かったかも」と思う日が来るかもしれませんし。