若竹七海『遺品』角川ホラー文庫

この本を読もうと思ったのは、舞台が石川県金沢市だったためです。

「金沢は茶道のさかんな土地柄だけあって、こういうなんでもない和菓子までがとても美味しい。」(p173)という箇所があります。「和菓子まで」と、ほかの食べ物も十分美味しいことをうかがわせる記述ですが、場所は忘れましたが、この前の部分でおいしくないものの記述もありました。私が育ったのは金沢ではなかったのですが、自分のうまれた場所で当たり前のように食べてきたものが、実はおいしいものだったということって外に出て、外の人のお話を聞いたりしないと気づかないものだなあと思いました。会社の先輩で、北陸へ旅した方が何人かいて、異口同音にご飯はおいしかったと言っていたので、そーなんだと思いました。

あと、印象に残ったのは、次の箇所です。「彼女はきっと盗んだという意識すらなく、・(略)・罪の意識なんかかけらも持たずに独占欲を満たして、それでいながら彼女は終生自分のことをいい人間だなどと思い込んでいただろう。欠点はあるけど、善良な人間だと。」(p283)若竹さんの本を読んでいると、人間って醜いなあと思わせられることが多いのですが、こうした文章を書く裏には、現実にどーいった経験をされているのだろうと思ってしまいます。また、こういった文章を読んで人間の醜さに思いをはせることができるのは、自分がそういった醜さの埒外だと、暗に前提しているからかもしれず、この文章が指し示す「彼女」は自分のことかもしれなくて、人を批判する心地よさと、その批判が自分にも跳ね返ってくる自虐的な部分のアンビバレンスが若竹さんの本をズルズルと読んでしまう理由のひとつかなあと、そんなことを考えました。

お話の流れからは、所有するということはどういうことかって感じのことを問われている気がしたのですが、最後のページを読んだときに、人から所有されることから逃れ出たところで、自分が他人を所有することを欲しているかもしれず、嫌だったのは人間を所有できるという傲慢さではなくて、単に自分が所有者という主体に立ちえないということじゃないのか、そんなことを思いました。