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『A2』

森達也さん監督のドキュメンタリ映画『A2』を見ました。『A』の続編でした。

サリン事件から数年たって、各地のオウム信者と地元住民(と住民運動を形成する人たち)と、あと一部の右翼団体の人のことなどが収められていました。

ある地域では、住民の人とオウムの人が和気あいあいとしていて、でもマスコミはそういった光景を放送することはないと言っていました。あと、ボランティアで反対運動に参加している人と、本職(?)で反対運動をしている人との軋轢などもうかがえる内容でした。ただ、テロップなどの形で、どの人がどういった肩書きをもっているのか全然提示されないので、人の関係がイマイチつかみづらいのですが、なんとなく伝わってきたのは、そんな感じでした。

たしか、森さんの著作に『ドキュメンタリは嘘をつく』というタイトルがあると思うのですが、ある地域にオウムの人が引っ越してきて、住民の人が抗議デモの最後にシュプレヒコールをあげるのですが、オウムの人が家の中にあがってもらって話を聞こうとしているのに、わざわざ家の外から拡声器を使って「出て行け」と言っていて、報道という観点からは「画になる」のでしょうが、そこに「話を聞こうとしない相手」という解釈が潜り込んでいるかもしれなくて、そんなことを考えました。ってこんなことを書くと、メディアリテラシーのいい勉強になるとか、逆に森さん達自身のカメラが行っているフレームの設定に無自覚だとか紋切り型なお話しになるようで、そういうのはすごく嫌だなと思いました。

オウムの事件に対してどう思うのかを表明せずに、こういうことを書くのはズルイのですが、自分が被害者(あるいはこれから被害者になりえる:どこかで読んだ表現を借りれば、リスクの民主化でしょうか。)であると思えることで、同時に同定している加害者を責めたてることができるという構図は、自分が加害者の位置に代入、とりわけ、何かの意図をもって代入された場合には、とても怖いものだと思いました。