森達也『世界が完全に思考停止する前に』角川文庫

この本を読もうと思ったのは、少し前から森達也さんに興味があって、本屋さんでこの本のタイトルにグっとくるものがあったからです。

森さんのことをはじめて知ったのは、爆笑問題のお二人と真鍋かをりさんがやっている番組に出演されていたのを見たときでした。『A』という自主制作映画が有名な方のようでした。

この本は多分、評論集だと思うのですが、次の2点が主に印象に残りました。1点目は交通事故に関する記述で、2点目は現在の天皇陛下に関する記述です。

「でも車社会を見直そうとの声はほとんどない。あったとしても視点は環境問題だ。生命の価値を考察しての声じゃない(この理由のひとつは、交通事故には皆が憎悪できる加害者の存在が希薄だからだ)。」(p118-9)この箇所を読んだときに、むかし読んだ本のことを思い出しました。確か、二木さんという経済学者の方が書いた本だったと思うのですが、交通事故の場合、加害者の罰が軽いように思うのは、車を運転する人がほとんどみんなで、誰もが潜在的加害者であるので、自分が加害者として顕在化した場合のために甘くなっているのではないかという考えが書かれていたように思います。「皆が憎悪できる加害者」というのは、裏を返せば、皆とは違う存在なワケで、その位置に「皆」も入りうるとすれば、憎悪を抱くことも難しくなるなと思いました。

2点目の天皇陛下の記述に関しては、天皇が皇居周辺を散歩されたが、おおっぴらに報道されなかったとかいう記述でした。その箇所で森さんは、「天皇」という抽象的な存在ではなく、一人の個人として天皇が葛藤を抱いている存在ではないかという視点に立っていました。で、むかし、美智子さまが嫁ぐ日の前日の前後の様子をテレビで見て、皇室といった流れに巻き込まれてしまったら、例えば、他に好きな人がいるとかいう理由でもって断ることって可能なのかなと思ったことを思い出しました。

最後に、森さんはご自身がマジョリティの側にいないことを自覚しているようなのですが、それでも孤独を感じないようなことを書かれています。でも、それって、奥さんがいて、お子さんがいて、最終的には一人ではないという部分があって言えることじゃないのかなとも思ってしまいました。(多分、この感想を書いているのが、一冊マンガ本を読んだ後で、そのマンガの内容の影響でなおさらこう思うのだと思います。)ご自分のことを「周回遅れ」と表現されていましたが、周回遅れでも同じトラック上で同じ徒競争に参加しているのだなあとぼんやり思いました。