高倉正樹『赤ちゃんの値段』講談社

この本を読もうと思ったのは、きっと、見栄のせいです。子どものことを気にかけることのできるような人だと自分のことを思いたいからだと思います。この本では海外への養子斡旋が扱われていました。

そのうちにイイコトがあるよ、そう言う人もいます。でも、本当にイイコトがあって、今まではそのためにあったんだと思える路線の上にいるのか、結局何もイイコトが起こらなくて、イイコトが何一つないことも実際にありえるのだと思い知らされる路線上にいるのか、そんなことって分からないのだと思います。単純に、先のことは分からないということなのですが、自分には子どもを育てるという将来をどうしても想像することができなくて、でも、子どもを持たなかったり、育てなかったりすることは何か欠けていることのように思われます。不妊治療の話などをテレビで見ることがありますが、子どもが欲しいと思ったり、子どもがいないとダメだと思ったりする(あるいは思わせられている)ことってどーしてなのだろうと思って、そう思うことの裏でそれを(ある意味)需要と捉えて、満たそうとする側のことを知りたかったのかもしれません。

特に印象に残ったのは、次の文です。「日本には里親家庭に里親手当などが支給されるが、養子を受け入れた家庭に対しては特に援助していない。」(p228-9)これは、海外養子を減らしていくために国内養子を増やす方策を考えるなかで、アメリカや韓国では税の控除などによって経済的援助を与えているという文脈の中で書かれている文です。配偶者控除や年金の3号被保険者の場合などに、家事が不払い労働かどうかという議論は置いておくとして、結婚しているだけで得をしているのではないかという考え方が紹介されることを考えると、「普通に」実子を育てている家庭から、「同じ」子育てをしているのに、どうして、向こうは優遇されるのかという類の批判が出されはしないのかなとそんなことを思ってしまいました。

高倉さんの記述だけなのですが、養子斡旋業者の人たちから、自分がもしかしたら間違っているのかもしれないという迷いは感じられなくて、単に自分が甘いだけだと思うのですが、なんとなく、怖いと思ってしまいました。