E.H.ゴンブリッチ『若い読者のための世界史』中央公論美術出版

この本を読もうと思ったのは、「世界史」というものがどうも苦手だったためです。高校生の頃の同級生に世界史がとても好きな(得意な?)男の子がいました。彼は定期テストが近づくと、後輩に世界史のレクチャーとかしてました。山川出版社の『詳説世界史研究』とか読んでいました。私はどーしても世界史が合わなくて、ずっと苦手意識があって、でも世の中には世界史がとても好きな人たちがいて、不思議だなと思っていて、その「好き」という感覚を知りたいなあと思ったからかもしれません。

この本は「訳者あとがき」によれば、イルゼと呼ばれた少女にささげられているようです。で、本文自体も読者を「きみ」と呼ぶことで語りかけるかたちで記述されています。なんとなく、『ソフィーの世界』っぽいなあと思って、私は『ソフィーの世界』がとても好きなので、スっと読むことができました。

印象に残ったのは、「きみがとるべき道はふたつある。ひとつは、それをなんとしてでも手に入れること。ふたつは、それを欲しがることをやめること。」(p74)という箇所です。世界史の流れ自体とは関係のない場所なのですが、以前、『ハチミツとクローバー』を読んだときに、花本センセイのセリフで二つ道があって、努力するか諦めるかだという感じのものがあったことを思い出しました。この二つの箇所はとても似ていると思います。こういった考え方って、常套句のようなものになっているのかなと思いました。

あと、スペインの艦隊が海に並んでいることを想像してごらんという箇所がある(p245L7)のですが、先日、恋路が浜というところにいったのですが、そこには、戦没者の碑文とかあって、今自分が見ている青さと同じように例えば戦時中の人は海を青いと見ていたんだろうかと思ったことを思い出しました。で、そこで沖を航行していく船を見て、仮にああいった船が何隻も並んで、しかも大砲を撃つようなことがあれば、そのときの恐怖感って相当なものだなと思ってとても怖かったです。今現在、世界のどこかでそういった恐怖の下にいる人がいると思うとなんともいえない気持ちになりました。

最後に「五〇年後のあとがき」でゴンブリッチさんは「人間は一人ひとりが平等であり、したがってそれぞれが体験したことがそれぞれの歴史だからです。」(p345-6)と書かれています。最初に自分の世界史に対する苦手意識について書いたのですが、教科としての世界史の場合、ある国でこうだった時代、別の国ではどうだったかという設問がありますが、それぞれの国というか、場所で生活している人は、他の場所のことがどうだったか全然知らなかった時代があったような気がして、そういう縦に進行している歴史を横に見ようとすることに自分の中で抵抗があったことがその理由かなと思いました。