島本慈子『戦争で死ぬ、ということ』岩波新書

この本を読もうと思ったのは、島本さんの本だったためです。

この本を読んでいるとき、ずっと頭をよぎっていたのは、現在は(太平洋戦争の)戦後ではなく、戦前ではないかといういろいろなところで聞かれる考えのことです。「戦争勢力は途中で修正できない、だからはじめさせないことなんです」(p64-5)「戦争で死んだ人たちの供養というのは、戦争をしないことだと思いますね。あの人たちが死んでくれたから、戦争が終わったんだし。」(p142)島本さんはインタビューの言葉として、こう引用されています。戦争をはじめさせないために自分の立場でできることは何なのだろうと素朴に思いました。

島本さんの前の著作には『子会社は叫ぶ』や『ルポ解雇』など、労働に関する問題を扱ったものがあるのですが、そこでの経済界に支配的な考え方が戦争開始へと容易につながっていくのではないかという予感というか危惧がこの本から感じられました。つまり、あの戦争の前の労働の状態と、労働者派遣法がらみで製造業にも派遣が多く見られるようになるなどの現在の状態が似ているとして、自分たちが人殺しの道具を作っているという自覚がないままに毒ガスを作っていた人たちと同じような感覚を派遣で働く人たちが持つのではないかと考えているようでした。

と、経済の状態と戦争のことを思うと、ちょっと昔のことを思い出しました。私の大学の先輩の方が修士論文防衛大学校の志願者増と不景気の関係をテーマにしたようなのですが、試問のときに、副査の先生から、そんなことをやるなみたいに指導教官ともども怒られたそうです。人づてに聞いた話なので、正確なところは知らないのですが、その副査の先生は日頃、差別はいかんとか、ナショナリズムがどーとかおっしゃっている方だったので、その話を聞いたとき、よー分からんと思いました。ちょうど、アメリカがイラクに派兵している人の中に占める白人(ワスプだったかも)でない人の比率のことが報道されている時期だったので、よけいそう思ったのかもしれません。なんでこんなことを思ったのかというと、戦争と財界というか、経済的側面との関連を考えることって、ある種の方々の逆鱗に触れるテーマなのかなと思ったからです。

この本の中には、空爆などで人が死んでいく描写がたくさんでてくるのですが、とても胃が痛かったです。でも本当は、胃が痛いのは、常日頃、戦争のことなんか我関せずで生活しているのに、毎年7月、8月になると流行に乗るように関心を持っている、しかも、何事かを真剣に考えているかのように振舞う自分の姿がとても嫌だからだと思います。