磯部潮『人格障害かもしれない』光文社新書

この本を読もうと思ったのは、多分、副題のせいだと思います。副題:「どうして普通にできないんだろう」。4月の異動で職場が変わって、ある同僚とコンビ(?)のような感じになりました。その人は一年先輩なのですが、仕事もできる雰囲気を漂わせていて、言動もハッキリ、クッキリ、スッパリしていて、要するにいわゆる「できる人」という感じを受ける人です。でも、多分、問題なのは、彼女が綺麗だということだと思います。美人な人が得をするというのは多分に偏見の混じった考え方だと思うのですが、これから先、きっといいことがたくさんあるのだろうなと思ってしまいます。そういえば、「羨むことになれてしまったら 誇れる自分が遠ざかってく」と歌っている人もいましたが、つまり嫉妬なのですが、そんな彼女を見ていて思うのが「どうして(自分は)普通にできないんだろう」ということで、気持ちも落ち込んでいたので、アイキャッチングなタイトルにフラフラと引き寄せられたのかなと思います。誘蛾灯?でしょうか。

読んで思ったのは、昔読んだ『平気でウソをつく人たち』(多分、草思社)という本のことです。例えば、磯部さんは、来診した奥さんとの面談だけから、旦那さんを人格障害だと断言しているのですが、決め付けているという感じを受けたからだと思います。

判断の基準としてDSMについて触れられていて、これの登場によって判断基準の標準化が行われた結果、世界中で人格障害の人が増えた(つまり、それまで暗数だったものが文字通り明るみにでた)可能性にも触れられていました。またまた、自分も人格障害の項目にほとんどあてはまっているようだったのですが、お医者さんにかかって、病名(人格障害は精神病ではないと書かれていましたが)として診断されるまで、自分がそうかどうかは確定されないなあと思いました。

あと、人格障害の人は光の部分として創作能力が高いとして、著名な作家の例など引かれているのですが、仮に人格障害だと言われて、自分がそういった創作活動を全然できないと、自分って、やっぱりダメな人なのかなと落ち込んでしまわないのかなとぼーっと思いました。