須賀敦子『コルシア書店の仲間たち』文春文庫

この本を読もうと思ったのは、ネットの中で偶然見つけて、読んでみようかなと思ったからです。

印象に残ったのは、次の一節です。「十一年にわたるミラノ暮らしで、私にとっていちばんよかったのは、この『私など存在しないみたいに』という中に、ずっとほうりこまれていたことかもしれない。」(p13)大学に入ったばかりの頃、学部の合宿というものがありました。夜は寝る人なんかいないで、みんな起きて話していました。なんか、そのころまでに、いろいろな関係ができあがっていたようでいくつかのグループになって話していたのですが、結構プライベートな内容も自分が仲間であることを示すためにしゃべっている人たちのなかで、ぼーっとしていたら、自分だけしゃべらずに聞いているだけなのはズルいと批判されたことがありました。私はあんまり自分から発言するほうではなく、飲み会などあってもぼーっと座っている感じなのですが、以来、誰かが会話している場にいることを意識してしまうと、ズルいとかセコいとか思われているのかなと思ってしまって、結構、いたたまれません。で、須賀さんがいいと思ったのは、別にそういうわけではないようなのですが、自分がそこにいないかのように話を続けていってくれる場というのがあれば、ありがたいなあと思いました。

あと、どういうわけか辛島美登里さんの『流されながら』という曲のことを連想してしまいました。その中で、大好きな友達からきた手紙にさえ返事を書くことができないという内容の歌詞があるのですが、須賀さんの記述を読んでいると、別にキライになったわけでもないのに疎遠になっていくことって存在するなあと思って、連想したのかなと思います。