ササキバラ・ゴウ『〈美少女〉の現代史』講談社現代新書

この本を読もうと思ったのは、積読消化キャンペーンの一環です。

昔、斎藤環さんの『戦闘美少女の精神分析』という本を読んだことがあるのですが、そのとき、全然分からなくて、今回、この本も全然分かりませんでした。分からない感じだけで言えば、新宮一成さんの『ラカン精神分析』を読んで、お寿司のトロを食べたいという欲望と留学したいという欲望を交換したというくだりがあるのですが、その箇所で頭の上にクエスチョンマークが3つくらい並んだときと同じような感じでした。

ササキバラさんのいう「美少女」は宮崎駿監督の『ルパン三世 カリオストロの城』のヒロイン、クラリスから始まるようでした。読んでいて分からないと感じたのは、ルパンは泥棒だから、クラリス(=お姫様)をワルい奴から救う王子様ではなくて、救うための根拠がないから、視聴者はその根拠として恋愛を想定しなくてはいけなくなるって感じの説明でした。確か、切通理作さんだったと思うのですが、『カリオストロの城』冒頭で、次元大介が「どっちにつく?」(という風なセリフ)を言って、ルパンが「女」と答えて、追われているクラリスに加勢するようになる展開を指して、『紅の豚』の主人公に「カッコイイとはこういうことさ」と言ってやりたくなるというようなことを書かれていました。背中で泣いている男の美学ではないですが、別に(実際にどうであれ)恋愛を根拠にしなくても、ルパンがクラリスを助ける展開に無理はないように感じられるので、この本の最初から、よく分からないなあと思ってしまいました。

あと、『超時空要塞マクロス』で女の子の歌声で宇宙的戦いが止んだと書いてあったのですが、個人的に、最後、止めをさしたのは主人公(?)の男の子だったと思っていたので、自分は思い込みで勘違いをしているのかなと思って、落ち込んでしまいました。ついでに、あだち充さんの『タッチ』でも達也くんは南ちゃんのために甲子園をめざしたことを前提にお話しをされているのですが、そこも個人的に、「克也くんのために」という部分が大きいと思っていたので(と、いうのも最後らへんで応援団の人が試合中に確か投球しているのを見て「あいつは上杉達也じゃない」というセリフを言っていたりしたからです。)と、いった具合に、自分が読んだり見たりして思っていた感覚と違う説明がいっぱいあったので、自分は何か勝手に妄想をして記憶していたのかなと思って落ち込んでしまいました。