内海夏子『ドキュメント 女子割礼』集英社新書

女子割礼は女性の性器を切除することを意味するそうです。男性の場合、性器の包皮を切除するだけのようなのですが、女性の場合、そのものずばりを切除するそうです。以前、何かの拍子にウチの母親から、「アンタ、こういったことがあるって知っとった?」と聞かれたことがあって(←何かのテレビで見たようでした。)、そのとき、私自身は割礼という儀式の存在自体は知っていたのですが、どういった理由づけで行われているのかとか、全然知らなかったので、この本を読んでみました。

理由としては、クリトリスを切除することによって、女性の性欲を抑制することができる、つまり、貞操を守ることにつながると考えられていることがひとつのようでした。その裏には、妻とする女性に処女であることを求める男たちの存在が前提されているようでした。

女性の割礼をいけないものだとして、廃止させようとする人たちと、擁護するする人たちの間の関係は、昔、聞いたサバルタンの例を思い出させるものでした。サバルタン寡婦で、先立った夫に殉じなければいけない存在だと聞きました。その風習を廃止させようとするのは、西洋の価値観であって、西洋が地元の女性抑圧から女性を救おうとしているにしろ、地元の男たちが女性たちが殉死することを望んでいると主張するにしろ、そこでは当の女性達から語りの主体性が剥奪されているというお話しでした。そのことを端的に「サバルタンは語ることができるか」というキャッチフレーズの形で聞いたことがありました。

この本を読んでいる間ずっと、とても痛い感じがしました。