荻野美穂『中絶論争とアメリカ社会』岩波書店

この本を読もうと思ったのは、ラフルーアさんの『水子』の中で触れられていたからです。

読んでいて気になったのは、中絶手段の情報に子供が触れるには親の認可がいるという記述です。以前、アメリカの図書館界では未成年のフリーアクセスに関する宣言のようなものがあって、未成年が情報に接する際の責任は図書館員が負うのではなく、その親だけが負うとされていると聞いたことがあります。図書館には多分、中絶に関する本とかもあるだろうし、中絶情報へのアクセスに関して図書館資料においても論争に巻き込まれることはなかったのだろうかと思いました。

あと、本文中でも触れられていたのですが、いわゆる「プロライフ」派の人が中絶手術を施した医師を殺害することが分かりませんでした。お腹の子の命と医師の命を選別しているのかなと思いました。あと、出生前診断も中絶の是非をめぐる話には関連しているようで、小学校のときの先生が自分の子が障害をもって生まれるかもしれないのが怖くて僕は結婚ができないというようなことを言っていたことを思い出してしまいました。

むかし、「サイエンスウォーズ」と言われている論争についていくつか文献を読んだことがあるのですが、この本の中で「プロライフ」と「プロチョイス」が焦点を変えれば同じパースペクティヴを持っているのではないかという記述があったのですが、論争というものの発生、展開について「アメリカ的」といえるものがもしかしてあるのかなと思ってしまいました。