本の感想

森谷明子『春や春』光文社

「須崎さん、俳句は文学ではありません」(p.23) 登場人物である女子高生たちは俳句甲子園を目指します。といっても、文学少女の集まりではありません。顧問も俳句を詠まない英語教師。素人集団が一つの目標に向かってまっすぐに向き合い、誠実に取り組んで…

北村薫『遠い唇』角川書店

「本格ミステリとして考えた時、わたしがこの作品で語りたかったのは、そういうことです。」(p.205) 『遠い唇』は短編集で「遠い唇」「しりとり」「パトラッシュ」「解釈」「続・二銭銅貨」「ゴースト」「ビスケット」の7話が収められています。 上で引用…

安東みきえ『ゆめみの駅 遺失物係』ポプラ社

「すぐにすとんと落下してしまう。飛ぶ夢というより、落下する夢といった方がいいくらい。」(p.66) 『灰羽連盟』というアニメの冒頭、少女は夢を見ています。それが夢だとは後々分かるのですが、その中で彼女は高い所から落下しつづけています。 「聞いた…

辻山良雄『本屋、はじめました:新刊書店 Title 開業の記録』苦楽堂

「日本の人口は減っていますし、これからも本を読む人の数は減り続け、それに従い書店の数が減り続けることは、間違いないことだろうと思います。」(pp.200-201) 以前、外出した際、いくつかの書店に久しぶりに足を向けました。同伴していた人を待つ間にフ…

青柳碧人『浜村渚の計算ノート7さつめ:悪魔とポタージュスープ』講談社文庫

「浜村渚も、僕たちには見えないものを見ることのできるタイプの人間だ。」(p.115) 高校生だった頃、数学の先生が授業中、唐突に言い始めたことを思い出していました。みんなは、数学Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ、数学A・B・Cといった風に区別して習うからバラバラなものだと…

朽木祥『海に向かう足あと』角川書店

題名に見せられる映像があります。 『海に向かう足あと』という言葉に触れた時、私が見ていたのは海へ続く足跡だけで、その画には海から帰ってくるものは映っていませんでした。つまり、私が題名に接触したときに感じたメッセージとは入水自殺でした。もう少…

アレックス・ジョンソン『世界の不思議な図書館』創元社

この本は、表紙に「本さえあれば、そこは図書館になる。」とあるように、いろいろな場所でいろいろな在り方である本のことを紹介した本です。 以下、各章の題名です。 1 旅先の図書館 2 動物図書館 3 小さな図書館 4 大きな図書館 5 ホームライブラリー 6 移…

辺見じゅん『収容所から来た遺書』文春文庫

「かつて社会主義運動に参加した本人が共産主義国のラーゲリに囚われている皮肉な運命に、山本にはさまざまな思いがあったはずだ。」(p.248) 『収容所(ラーゲリ)から来た遺言』は太平洋戦争後、シベリア抑留で日本に帰れなかった山本幡男さんの遺書を収…

福田尚代『ひかり埃のきみ:美術と回文』平凡社

「ゴールのつもりでリセットボタンに飛び込んで 僕等はぐるぐる同じ場所を回ってるんだ」 (FictionJunction YUUKA 『Silly-Go-Round』) この本は3部から成っています。Ⅰ部は本や文房具をモチーフとした美術作品集、Ⅱ部は回文を集めたもの、Ⅲ部は美術と回文…

三宮麻由子『鳥が教えてくれた空』集英社文庫

この本を読んでいる間、私が見ていたのはまぶたの裏でした。本を読んでいるとき、文字通りに言えば見ているのは紙面に印刷されている文章です。でも、それと同時にいつもは何かが頭の中で像を結んでいる。それは文章の対象であったり、それを書いている著者…

柳田邦男『人間の事実』文藝春秋

「しかし、個別の疑獄事件のメディアによる解明が進み、その都度疑惑の政治家の責任が問われるようになっても、不正なウラ金が横行する政治腐敗の根っこは、全く改革されていない。疑獄事件の続発が、そのことを何よりもよく物語っている。」(p.195) この…

ウィル・シュワルビ『さよならまでの読書会』早川書房

「どこまで読んだか訊かれたとき、化学療法を受けている人たちに囲まれるなかで、吐き気についての場面を読むという皮肉に、当然ながら、わたしも母も落ち着かない思いがした。」(p.329) 著者は出版社に勤める編集者。母親が癌にかかり余命を宣告されます…

小池昌代『屋上への誘惑』岩波書店

「用意のない所へ、ふいに訪れてくるものは、思わぬ力をもってしまう。」(p.75) この本を読みながら、自分はどうしてエッセイを読むのだろうと考えていました。本を読むようになったのは、高校生の頃でしたが、当時は色々なものが新鮮に見えて、こんな考え…

川崎昌平『重版未定』河出書房新社

『重版未定』は中小出版社を舞台に編集者たちの悲喜こもごもが描かれるコミックエッセイ(完全フィクション?)です。 「小見出しなんて読者を甘やかすだけだぞ・・・甘やかされて育った読解力のツケを払うのは結局俺たちだ」(p.174) お話はある編集者を主…

長谷敏司『あなたのための物語』ハヤカワ文庫

「サマンサ・ウォーカーがひとり、病気療養中の自宅でこの世を去ったのは、三十五歳の誕生日まぢかの寒い朝だった。それが、彼女という物語の結末だった。」(p.11) ひとりの女性が病を得て、痛めつけられて死んでいく、この小説ではその過程が描かれます。…

鴨下信一『昭和のことば』文春新書

「昭和の時代は〈変わらないこと〉が理想で美徳だった。」(p.12) 古臭かったり、時代遅れのような表現やふるまいを「昭和っぽい」と言うことがあります。私はそこで「昭和っぽい」と形容されているものが好きです。でも、それらが本当に昭和の時代に主に行…

立岩真也『ALS 不動の身体と息する機械』医学書院

馬場ちゃん「絶望は分かるけど私のどこが希望なんですか?」 刑事 「その絶望の状況でもちゃんと生きていっているところ? 生きていけるってことを身を持って証明しているところ?」 (ドラマ『すいか』最終話より) この本にはALSの患者さん本人、家族、医…

宮部みゆき『ペテロの葬列』上・下 文春文庫

「この世でもっとも美しいものは、真実ではない。終わらない嘘の方だ。」(下巻 p.103) 主人公は取材先からの帰りにバスジャック事件に巻き込まれます。事件自体は収束しますが、犯人と人質たちの間で交わされた会話がこの本で解かれる謎の始まりとなります…

川端裕人『雲の王』集英社文庫

「ある日『インターネットで買えるからお前は要らない』と言われた時は、頭が真っ白になっちゃうんですよ。」(池谷裕二・糸井重里『海馬』朝日出版社 pp.164-165) 『雲の王』は気象台に勤める女性が主人公です。お話が展開する内に気象の状態を「見る」こ…

橘宗吾『学術書の編集者』慶應義塾大学出版会

少し前にMusic, the Brain, and Ecstacyという本を読みました。その中である曲の中でのかたまり(演者がフレーズとして認識するかどうかという話に絡めていたと思います)や1曲というまとまったものとして認識されるかどうかと記憶の関係について書かれてい…

伊坂幸太郎『死神の精度』文春文庫

この本は死神を主人公にした短編連作集です。 死神の仕事は、本部から指示された対象に接触し、死ぬことになっている彼・彼女らをそのまま死なせていいのか、今回は見送るのか報告することです。 「ろくに調査もせず、『可』と報告してそれでよしとする気持…

山本弘『MM9』創元SF文庫

「人の幸せを守りたかったんです」(p.40) この本の設定では、自然災害と同様にして怪獣の来襲が発生しています。タイトルにある「MM」は「モンスター・マグニチュード」の略で、怪獣が及ぼす被害の規模を示す指標となっています。主人公側は怪獣災害に対応…

群ようこ『福も来た:パンとスープとネコ日和』ハルキ文庫

出版社を辞め、母親が営んだ食堂を改装した主人公が提供するサンドイッチとスープ。この言葉を使うことはためらわれますが、「丁寧に生きる」スタンスが描かれる『パンとスープとネコ日和』の続編がこの本です。と言っても前作(小説)は読んでおらず、ドラ…

絲山秋子『沖で待つ』文春文庫

この本には芥川賞を受けた「沖で待つ」の他、「勤労感謝の日」「みなみのしまのぶんたろう」の3編が収録されています。 「たった1人で独りのことを 歌える人はいないから 」(熊木杏里「私が見えますか?」) 「沖で待つ」という言葉を見たとき、宙ぶらりん…

小川洋子『人質の朗読会』中公文庫

ツアー中の日本人8名が現地のゲリラに拉致されます。彼らを人質にゲリラは仲間の解放を要求します。事件の結末自体は冒頭部分で明らかにされています。犯人、人質含め全員死亡。この『人質の朗読会』には、事件の過程で盗聴されたテープに残っていた人質たち…

伊坂幸太郎『終末のフール』集英社文庫

「テレビの声が伝える 『星が落ちて来るでしょう』」(大木彩乃「金色の雨」) 『終末のフール』には3年後に小惑星が衝突することが確実視される地球で仙台を舞台に展開される短編が8編収録されています。ただ、小惑星衝突が判明したのは8年前で初期のパニッ…

松岡慧祐『グーグルマップの社会学』光文社新書

この本をきっかけに著者は「地図の社会学」を提唱しています。 地図の社会学はメディア論や都市社会学とも関連する微妙な領域だとされます。そして、その基本的な問いは「地図とは社会や人間にとってどのような存在であるか」「地図と社会のあり方が相互にど…

R・リーバス、S・ホフマン『偽りの書簡』創元推理文庫

「知るだけならそんなことはない。知ったことを話すから危険な目に遭うんだ」(p.461) 時は1952年、独裁制下のバルセロナで医師の未亡人が殺害されます。物盗りの犯行の線で捜査をすすめる警察。独占取材を認められた記者は、別の線を疑います。お話が展開…

Willis,Connie. Dooms Day Book. Bantam Books.

"Some say it is the end of the world."(p.459) In 2054 a student had been sent to the past. Her purpose was an investigation of mideaval period. Her mentors and the technician who coordinated the time travel must have tried to avoid the cri…

北村薫『中野のお父さん』文藝春秋

主人公である編集者が仕事で遭遇した「謎」を実家に住む父親が解く日常性のミステリ。私は父と娘の関係のことを考えながら読みました。 「自分の頭で最初に考えたことが、そのまま書いてあると思い込んでしまった。目で文字を追いながら、きちんと読んではい…

北村薫『野球の国のアリス』講談社文庫

「投げられるから、しあわせ。コールドゲームなんて嫌だ。―もっともっと、投げていたい。」(p.204) 主人公アリスは小学校卒業までの人生を野球に捧げてきたような少女です。男の子であったならば、中学・高校あるいはもっと先まで「公式」の野球人生を歩め…

上橋菜穂子『隣のアボリジニ』ちくま文庫

アボリジニという言葉にはじめて触れたのは、子どもの頃の教科書に載っていたエアーズロックの話題ででした。そして、『裸足の1500マイル』という映画を観た時に、子どもを連れ去る政策に何かを思いました。 でも、この本を読んだのはそういった流れとは別の…

坂口安吾『不連続殺人事件』角川文庫

「どの人間も、あらゆる犯罪の可能性をもっている。どいつも、こいつも、やりかねない」(p.94) 連続殺人事件、と聞くとひとり(あるいはその共犯者)が連続して犯す殺人だと普通は思っています。本の題名に連続殺人事件とある時点で作中で起こる殺人が連続…

小川洋子『密やかな結晶』講談社文庫

「正しい言葉さえどこにも 残らない もうない 等間隔美しく並ぶ helvetica 狂い出した今 」(やなぎなぎ「helvetica」) シニフィアンとシニフィエを結ぶ糸のようなものがあるとして、両者が同じものとして依然と存在するのに糸の方が切られる(あるいは誤配…

恩田陸『ユージニア』角川文庫

「ノンフィクション?あたしはその言葉が嫌い。事実に即したつもりでいても、人間が書くからにはノンフィクションなんてものは存在しない。」(p.19) 地方の名士宅で起きた大量毒殺事件。現場には犯行声明ともとれる詩が残されていました。そこに記された「…

多和田葉子『溶ける街 透ける路』日本経済新聞出版社

この本は森まゆみさんの『路地の匂い 町の音』と続けて読みました。町について書かれた本、という点では共通していますが、多和田さんの本の方は身構える必要がありませんでした。それは、森さんの本が住んでいる場所について書かれているのに対し多和田さん…

森まゆみ『路地の匂い 町の音』旬報社

この本は「海の向こうの権力闘争より、隣の人の幸せ不幸せの方が大切なことなんじゃないだろうか。」(p.2)と思ってしまった著者が、仲間とともに雑誌を発行している地域によせて書かれたエッセイが中心となっています。 「『あんた、なんでこんなことを熱…

G・K・チェスタトン『ブラウン神父の秘密』創元推理文庫

シリーズ4巻目となる本作には「ブラウン神父の秘密」「大法律家の謎」「顎ひげの二つある男」「飛び魚の歌」「俳優とアリバイ」「ヴォードリーの失踪」「世の中で一番重い罪」「メルーの赤い月」「マーン城の喪主」「フランボウの秘密」が収録されています。…

鵜飼秀徳『寺院消滅』日経BP社

「葬式をやるたびに檀家が減っていくんです」(p.55) 実家に帰る度にセレモニーホールの増加を感じ、学校の統廃合の話題をよく耳にします。そして目にする葬式の案内。葬儀を取り仕切るのが地元の葬儀会社ではなく、チェーン系列の企業である点が気になって…

広島市現代美術館(監修)『路上と観察をめぐる表現史:考現学の「現在」』フィルムアート社

「世の中には、こういうことを面白いと感じる人と、何とも思わない人の二種類しかいないわよね。」(加納朋子『スペース』創元推理文庫刊 p.67) 路上観察というものに興味をひかれる理由をずっと考えています。結論から言えば、路上の何でもないものを「何…

ピーター・ヘスラー『北京の胡同』白水社

「アナタ、この世に、そんな女が居るとは信じられないって思いましたね、今」(木皿泉『すいか』1 河出文庫 p.52) 胡同(ふーとん)が中国の路地のようなものだと聞いた時から、この本の題名に対する印象は固まっていました。開発によって失われていく「古…

G・K・チェスタトン『ブラウン神父の不信』創元推理文庫

「どちらか一つになさい。無法なら無法をどこまでも、遵法なら遵法を徹底して公平に貫くのが、物事の筋道というものではありませんか」(「天の矢」p.76) 以前、『パンプキンシザーズ』というマンガを読んでいて次のようなセリフがありました。 「悪を討つ…

瀬戸内寂聴『場所』新潮社

ピーター・メンデルサンドの『本を読むときに何が起きているのか』という本の中に確か、読んでいて遊歩道を歩いているように感じる本があるという主旨の箇所があります。 先日、荒川洋治さんの『忘れられる過去』を読んでいて、瀬戸内寂聴さんの『場所』につ…

森山高至『非常識な建築業界:「どや建築」という病』光文社新書

「どや顔を見せられた誰もが心のうちに芽生える嫌悪感は、ある種の建物を見ても同じように発動します。」(p.70) 著者の問題意識のひとつは建築を「芸術・アート」とカテゴリし、自己表現の手段としようとする建築家の姿勢にあります。 「『建築に詳しい人…

ヴォルフガング・シヴェルブシュ『図書館炎上』法政大学出版局

本を燃やす、というと頭をよぎるイメージが2つあります。 ひとつは映画『デイ・アフター・トゥモロー』の終盤で急激な温度低下を凌ぐために本を暖炉にくべつづけたシーン。もうひとつはアニメ『R.O.D.THE TV』の「華氏四五一」という話数で展開された作戦で…

沢木耕太郎『テロルの決算』文春文庫

「右翼の行動がさらに過激になり、しかもその過激な行動が頻発するようになったのは、明らかに岸内閣成立以後のことである。」(p.39) 『テロルの決算』は浅沼稲次郎と山口二矢という2人の人物を中心に描かれるノンフィクションです。浅沼は野党の政治家、…

戸板康二『グリーン車の子供』創元推理文庫

問題というほど問題でもないのですが気にかかっていることがあります。アニメや洋画の吹き替えで少年役の声を女性の声優が演じることはあっても、逆に少女役の声優が男性であることは滅多にない。そこに少年・少女に対するイメージが表れているような気がす…

G・K・チェスタトン『ブラウン神父の知恵』創元推理文庫

本作は『ブラウン神父の童心』に続くシリーズ2作目で以下のお話が収録されています。「グラス氏の失踪」「泥棒天国」「ヒルシュ博士の決闘」「通路の人影」「器械のあやまち」「シーザーの顔」「紫の鬘」「ペンドラゴン一族の滅亡」「銅鑼の神」「クレイ大佐…

アガサ・クリスティー『謎のクィン氏』ハヤカワ文庫

都筑道夫さんの『黄色い部屋はいかに改装されたか?』を読んでいてアガサ・クリスティが創作したクィン氏について触れている箇所がありました。記憶によるので正確な語句ではないかもしれませんが、そこで都筑さんはクィン氏のことを「この世のものではない…

アイザック・アシモフ『黒後家蜘蛛の会』1 創元推理文庫

「私の理想とするところはエルキュール・ポワロと彼の小さな灰色の脳細胞なのだ。」(p.9) アイザック・アシモフという名前にはSF作家というイメージしか持っていませんでした。『黒後家蜘蛛の会』のことを知ったのがどこでだったのか覚えていません。「黒…